2007年06月18日

デビッド・ボウイ ディスコグラフィー

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David Bowie” 67年6月にリリース
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記念すべきデビューアルバム。当時イギリスでも流行り始めていたサイケデリックの影響が窺えるフォークロック的なアルバム。プロデュース-マイク・ヴァーノン



Space Oddity” 69年11月リリース
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2枚目のアルバム。当初イギリスではフィリップスから“David Bowie”、アメリカではマーキュリーから“Man Of The Words,Man Of Music”として発売。“Space Oddity”全英5位のヒットにより再リリースされ、このタイトルになった。別バージョンのジャケットもあった。プロデュース-トニー・ヴィスコンティ


The Man Who Sold The World” 71年4月リリース
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3枚目のアルバム。この頃から化粧をしはじめる。グラムロックの傑作“ジギースターダスト”への布石となった作品。別バージョンのジャケットもあった。ギターにはミック・ロンスン。プロデュース-トニー・ヴィスコンティー

Hunky Dory” 71年11月リリース
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4枚目のアルバム。ヒット曲“チェンジズ”を含むグラムロックの名作。プロデュース-ケン・スコット


The Rise And Fall Of Ziggy Stardust
       And The Spiders From Mars
” 72年6月リリース
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5枚目のアルバム。5年しか残されていない世界に降り立つ異星のロックスター“ジギー”の成功から没落までを描いた不滅の名作。デヴィッド・ボウイ&ケン・スコット共同プロデュース。


Aladdin Sane” 73年4月リリース
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6枚目のアルバム。アルバムとして全英1位を獲得。ジャズピアニストの“マイク・ガースン”参加によって、より退廃的になった。ジャケットは日本の炊飯器に付いていたデザインをヒントにして稲妻を描いたと云われてる。“Let's Spend The Night Together”はストーンズの曲。プロデュース-デヴィッド・ボウイ&ケン・スコット



Pinups” 73年10月リリース
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7枚目のアルバム。64年から67年のロンドンでボウイのフェイバリットだったアーティストの曲をカバーしたアルバム。プロデュース-デヴィッド・ボウイ&ケン・スコット


Diamond Dogs” 74年4月リリース
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8枚目のアルバム。"ジョージ・オーウェル"の『1984』にヒントを得て作られた。製作途中"ウイリアム・バロウズ"との対談によりバロウズのシュールな作品からも影響を受けたと云われている。プロデュース-デビッド・ボウイ


David Live” 74年10月リリース
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ライブアルバム。74年の7月14日と15日のフィラデルフィアでのライブ。ダイアモンドドッグスツアーは絶賛されたものの、あまりの規模の大きさにツアースタッフが耐え切れず中断してしまう。その中断直前のライブである。プロデュース-トニー・ヴィスコンティー



Young Americans” 75年3月リリース
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9枚目のアルバム。ダイアモンドドッグスツアーで肉体的にも精神的にも限界に達したボウイがそれまでのスタイルを捨てて黒人音楽の持つプリミティブなパワーにより閉塞的になっていた状況を打破しようとした作品。"ジョン・レノン"との共作フェイムが全米1位を獲得しアメリカでの成功を手に入れた。プロデュース-トニー・ヴィスコンティ("Across The Universe"&"Fame")デヴィッド・ボウイ&ハリー・マスリン


Station To Station” 76年1月リリース
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10枚目のアルバム。前作での黒人音楽へのアプローチから得たものを携え新たなボウイの表現を確立させた傑作アルバム。6分以上の大作がほとんどで、そのため6曲しか収録されていない。プロデュース-デヴィッド・ボウイ&ハリー・マスリン


Low”77年1月リリース
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11枚目のアルバム。“ブライアン・イーノ”との出会いから生まれた大傑作アルバム。そこかしこにイーノの影響が窺える。また"イギー・ポップ"も参加しており興味深い。ヨーロッパ人としての自己のアイデンティティーを確認し美学として昇華させたアルバム。ポップとはかけ離れた作品だが、セールスとしては全英2位、全米11位と大成功している。プロデュース-デヴィッド・ボウイ&トニー・ヴィスコンティ



Heroes”77年10月リリース
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12枚目のアルバム。"Low"発表後すぐに製作に取り掛かった為、参加ミュージシャンはほぼ同じだが、ギターに"ロバート・フィリップ"が加わっている。前作と比べると前衛性が少々薄れポップな曲が目に付く。プロデュース-デヴィッド・ボウイ&トニー・ヴィスコンティ




Stage”78年リリース
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2枚目のライブアルバム。78年に行ったアメリカツアーの模様。レコードで発売されたときは変わった編集がされており前半と後半を逆にしてあった。ギターとして"エイドリアン・ブリュー"が参加。


Lodger”79年5月リリース
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13枚目のアルバム。イーノが前2作同様に参加しているが、前2作とは趣きが少々異なるアルバム。キーボードを使ったヨーロッパ的なサウンドが薄れもう少し軽くなった印象を受ける。プロデュース-デヴィッド・ボウイ&トニー・ヴィスコンティ


Scary Monsters”80年9月リリース
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14枚目のアルバム。当時のニューウェイブ的要素を取り込んだ力作。ロバート・フィリップがギターとして参加。プロデュース-トニー・ヴィスコンティ



Let's Dance”83年4月リリース
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15枚目のアルバム。古くからのファンには不評であるが大ヒットしている。プロデュース-デヴィッド・ボウイ&ナイル・ロジャース




ZIGGY STARDUST THE MOTION PICTURE”83年リリース
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3枚目のライブアルバム。ライブアルバムとしては3枚目だが実際の音としては一番古く73年の7月3日のロンドンハマースミスオデオンで行われたジギースターダストツアーのラストショーになる。83年にビデオ化されたときにこのサウンドトラックも発売されている。




Tonight”84年9月リリース
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16枚目のアルバム。前作の延長線上で作った作品。"ティナ・ターナー"などとデュエットするなど、今までになかった新しい試みをしている。プロデュース-デヴィッド・ボウイ & Derek Bramble & Hugh Padgham



Never Let Me Down”87年4月リリース
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17枚目のアルバム。ディストーションの効いたストレートなロックが数多く収録されている。プロデュース-デヴィッド・ボウイ&デヴィッド・リチャーズ



Black Tie White Noise”93年4月リリース
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18枚目のアルバム。国内版は廃盤になっている模様。“モリシー”の曲をカバーしてます。プロデュース-デヴィッド・ボウイ&ナイル・ロジャース



Outside”95年9月リリース
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19枚目のアルバム。“ブライアン・イーノ”を向かえ往年のサウンドを甦らせたような作品。古くからのファンには受け入れられたが売り上げは伸びず、またこれを含めた全5部作のコンセプトアルバムの構想があったが商業的に失敗した為断念。プロデューサー-デヴィッド・ボウイ&ブライアン・イーノ&デヴィッド・リチャーズ



Earthling”97年リリース
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20枚目のアルバム。映画『ショー・ガール』に"I'M AFRAID OF AMERICANS"が使われています。



’hours...’”99年リリース
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21枚目のアルバム。



heathen”2002年リリース
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22枚目のアルバム。古くからのファンには人気がある。



Reality”03年リリース
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23枚目のアルバム。





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タグ:David Bowie
posted by rom at 02:06 | TrackBack(0) | 音楽>David Bowie | 更新情報をチェックする

2007年06月03日

David Bowie / Hunky Dory

最近コマーシャルでデヴィッドボウイの“チェンジズ”流れてますね。

そんなわけで、その曲の入っているアルバム“ハンキー・ドリー”を久しぶりに聴いてみました。私の最初のデビッドボウイ体験はこのアルバムだったのでかなり思い入れがあります。

アメリカに渡った71年の秋にRCAレコードに移籍し、その年の11月にリリースされ全英第3位と商業的にも大きな成功を収めたアルバムです。当時隆盛の兆しをみせていたゲイリーグリッターやT-REXを代表とするグラムロックムーブメントの中で、ボウイ独特のグラムロックを確立した記念すべき作品であると思います。(ゆるぎない地位を築いたのは次回作だがその礎となったとも言える作品。しかし次回作の“ジギースターダスト”はこの作品とほぼ同時進行で作られている。)

当時はT-REXの方が人気がありボウイはT-REXのパクリとか言われていたこともあったらしいです。確かに前作ではマークボランのような歌い方をしているものもあり、かなり意識していたと思われますがリスペクトとしての意識があったのでは、と思われます。“ソング・フォー・ボブディラン”ではディランの唱法も真似しています。


ハンキードリーとはアメリカの俗語で“素敵な”とか“最高”という意味らしく全米のマーケットを意識したようで、最初にシングルカットされた“チェンジズ”はアメリカで初めてヒットし全米66位になった作品です。ボウイみずからサックスを吹いたポップな曲で、ボウイの変幻自在な生き方を象徴している作品といえます。しかしヒットしたと言っても66位でイギリスではカリスマ的人気を誇るボウイもアメリカでは思ったように売り上げが伸びず全米1位になるのはその4年後ぐらにジョンレノンと共作した“フェイム”で、当時のボウイの苦労が窺えます。

先日紙ジャケ化された作品には以前のCDのようなボーナストラックが入ってないようですが、コンセプトアルバム色の強い作品が多いボウイの場合そのほうがいいのかもしれません。しかしマニアとしては別バージョンの入ったCDも聴きたいと思われるのではないでしょうか?
“クイックサンド”のデモバージョンなんて涙モノです。
東芝EMIさん、別バージョンを集めたCD発売期待してます。


タグ:hunky dory
posted by rom at 23:54 | TrackBack(1) | 音楽>David Bowie | 更新情報をチェックする
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