2009年07月12日

東京慈恵大病院でカテーテルアブレーション1

先日、東京慈恵医大病院でカテーテルアブレーション手術をしてきました。

私の不整脈は、今思えば20年ぐらい前からあったような気がします。しかし当時はそれほど頻繁にはでておらず(年に2〜3回だったような)それほど気にはしていませんでした。

特にひどくなったのは1999年の冬で、あのときはほぼ毎日不整脈が続きこのままでは死んでしまうのではないのかと思った記憶があります。それも春になり暖かくなると治まってしまい、まあいいかという感じで過ごしてきてしまいました。しかしこのあたりから不整脈の頻度も増え、それ以前と同じぐらいの不整脈でもちょっと身体がだるい程度にしか感じなくなり、不整脈に身体が慣れてきてしまい確実に一段階悪い状態に進んだような気がします。

ちょうど当時友達が不整脈でアブレーションをやっているのですが、彼の場合は頻脈という心拍数が増加してしまう不整脈で心臓のなかを余計な電気刺激がたくさん出てしまうということで、その余計な電気刺激の経路を焼くアブレーションというのは私のような素人でもなるほどと納得できるものでしたが、私の不整脈は脈がとぶ感じで、これは余計な電気刺激が出ているわけでわなく逆に必要な電気刺激すら出ていないのではないのかと素人考えで思ってしまい、勝手に「アブレーションは無理でペースメーカーの埋め込みしかないのでは」と結論付けてしまっていました。ペースメーカーを付けると激しい運動などは出来なくなってしまうと聞いていたので、付けるならもっと年をとってからでいいやという気持ちで病院に行くのも先延ばしにしていました。

しかし2年ほど前に父が心不全で入院し、かなり苦しんだ末に亡くなったのを見て気持ちに変化が出てきました。次に長い不整脈が出たら病院に行こうと思うようになりました。父の場合早めに手術しておけば助かったらしいので。

そして今年の1月に99年の時と同じぐらい長く苦しい不整脈がやってきました。


まず近所のかかりつけの内科医に診てもらいました。すぐにホルターをつけて調べることになり24時間つけてみると、いい感じに不整脈でまくりで、明け方近くに5秒ほど心臓が止まっているのが発見されました。脈も速くなったり遅くなったりで、速いだけなら薬で落ち着かせることができるかもしれないが私の場合は遅くなるのもあるので危険ということでとりあえずワーファリンを飲むことになりました。(心臓が止まることで血が固まってしまいそれが脳に飛ぶと脳梗塞になりかねないということだそうです。長嶋監督がそれらしい。)で、大きな病院に行った方がいいということで先生からは大宮の日赤病院を紹介されたのですが、日赤の建物の古さが嫌で無理を言って東京慈恵大病院を紹介してもらいました。Y先生に診てもらえるようにしていだだけないかとお願いすると、多分チームでやっているはずだから必ず接点はありますといわれ、初診をY先生に診てもらえるかは運次第となりました。

案の定初診はY先生には診てもらえず、2度目も違う先生でした。3度目のK先生の診察の時にY先生がいるので慈恵に来たのですと言うと次はY先生にしましょうということになり、4度目の診察で初めてY先生に遭遇。K先生には「Y先生は人気があるので診察時間が長くなって予約時間より4〜5時間遅れることもあります」と聞かされていましたが、早めに行っていたのが良かったのか1時間ほど遅かっただけで会えました。なかなか気さくな先生で優しそうですが、しっかりした印象を受けました。ちょっとお医者さんには見えないかもしれない。ぱっと見た感じは柔道でもやってそうです。非常に真面目な印象を受けまして安心できました。ただ急ぐ人は診察はY先生でなくてもいいような気がします。Y先生は手術には必ず関わっているはずなので。

3月の上旬に初めて慈恵医大病院に行きまして、手術は6月末だったので、4カ月弱検査と診察で通院しましたが、かなり早い段階でアブレーションの手術をしたいと意思表示して手術日を決めてしまえば早めに出来るかもしれません。どうやら結構先まで予約が詰まっているようでした。

検査は血液検査、心電図、ホルター心電図、胸部レントゲン、心エコー、CT、造影剤を使ったCT、経食道エコーなどがありました。
このうち造影剤を使ったCTは血管から造影剤を入れるのですが、ジュワっと身体が熱くなる感じであまりいいものではありませんね。お尻の穴までジュワっときて一瞬漏らしたのかと思ってしまいましたよ。
また経食道エコーは胃カメラと同じです。他のアブレーションを受けた方のブログを読むと胃カメラより大きくて大変だったということで、胃カメラすら飲んだことがなかった私はちょっとビビっていたのですが、それほど大変ではなかったです。最初にゼリー状の麻酔を口に入れて飲まないで上を5分ほど向いていてくださいと言われ上を向いたままでいた時が一番辛かったかも。首が痛くて。5分ほどするとゼリー飲んじゃってくださいと言われそこからまた2〜3分すると喉に麻酔が効いてきて唾液が飲めなくなります。無理に飲もうとすると肺の方にいってしまいむせますので注意が必要です。だいたいその頃には横になって唾液を受ける受け皿が口元に置かれ唾液は全て受け皿に垂れ流してくださいとなります。私があまり吐き気もせずに出来たのは良く麻酔が効いてくれてたからかもしれません。ゼリー状の麻酔薬を口に入れて上を向いていた時なるべく喉の方にいくように意識していました。また上を向いているとき唾を飲み込んだのですがそのときに麻酔もちょっと喉に流れてしまい良く効いたのではないのかな。

実は私は手術よりこの経食道エコーの方が怖かったので、このようにあっさり終わってしまいちょっと手術に対する気持ちにも勢いがついたような感じになりました。まあもう一つ、尿道カテーテルも嫌だったのですがそれはまたあとで。

TOKYOTOWER.jpgで、この経食道エコーの数日後に入院となりました。
私のベッドは6人部屋の窓側で東京タワーが見えるとても景色が良いところでした。右に見えるのは愛宕グリーンヒルズという建物だそうです。夜遅くまで電気がついているフロアーがあったりで会社でも入っているのでしょうか。変わった形のビルでした。入院する前にもらった入院の案内には6人部屋は冷蔵庫がないような感じでしたがしっかり冷蔵庫はありました。ただカード式でテレビカードと兼用で一回スイッチを押すと24時間使えて200円分カードの度数が減ります。私はほとんど使わなかったです。テレビは液晶ででかいリモコンが付いていました。あのリモコンならお年寄りでも安心です。テレビの番組表の冊子が休憩室にありました。どうやら地上波だけでなくちょっと変わったチャンネルも見れるようで映画専用チャンネルのムービープラスも見れました。ただ地上波以外のチャンネルの番組表はないのでみて確かめるしかありませんけど。

主治医はM先生ということで、挨拶しに来てくれました。なかなか愛層の良い先生で頼りになりそうな安心感の持てる先生でした。


初日からホルター心電図と点滴を付けました。2日目は、これと言ってなにもなかったのですが、夕方お風呂に入った時に足の付け根の部分の毛を剃ってくださいとシェーバーを渡されました。防水性のシェーバーでお風呂で使えます。3日目が手術でした。




朝の8時半からの手術だったので当然朝食は抜きです。また水分も6時半ぐらいから飲めません。8時過ぎには看護婦さんが来まして手術着を持ってきてくれました。手術着の上に小さなガーゼにテープの付いたものが置いてあったのでなんですか?と聞くと性器の上に貼って性器を隠すものだそうで、要は小フンドシですね。笑えました。付けるとちょっと情けない気分になりました。
着替えて待っていると別のY先生と看護婦さんが来て尿道カテーテルを入れることになりました。まず最初に尿道口にゼリー状の麻酔を入れられました。結構嫌な感じです。そしてしばらくして尿道バルーンを入れました。痛くはなかったのですが一瞬大きくなりそうになりましたが、その前になんとか膀胱にとどいたようで事なきを得ました。いやーあぶなかった!
しかしそのあとがなんともオシッコが出たいような、はたまた大便がしたいような変な気分になりまして、俺手術中に大きいの漏らしてしまうのではないのかとの心配を心に秘めつつ家族に見送られベッドのまま手術室へと誘われていったのです。

手術室に着くとスゴイ人数の方たちが迎えてくれて、事前に他の人のブログで何人もの人で手術をするのは知っていたのですがちょっとビックリしました。病室のベッドから手術用のベッドには自分で移るように言われ横になると先生方みなさんがそれぞれ動き始めて、よってたかってフルチンにされているようでちょっと可笑しくなってしまいました。そんな私の浮ついた気持ちとは関係なく先生方は一生懸命やっておられました。すいません。

アブレーションをするとき食道の側は、注意してやらないといけないそうで、そのため食道を確認できるようにするため鼻からチューブを入れられました。そして鼠径部と鎖骨のへんに局部麻酔を打たれて両方からカテーテルを入れられました。鼠径部の方はグイグイと押される感じがありちょっと痛かったので痛いと言うともう少し麻酔を入れてくれたようです。鼠径部から3本、鎖骨から1本か2本、尿道に1本、そして鼻から1本と、チューブだらけだなあと思っていたらすぐに胸のへんが暑苦しくなって焼き始めたのがわかりました。あまり長く焼いていると苦しくなるのでそう告げると止めてくれました。多分3回ぐらい焼いてからもう少し麻酔入れますと言ってマスクをつけられて意識がなくなり気が付いたら終わりましたよ〜といわれました。なんかあっという間でした。すぐにまた寝てしまい気づくともう病室でした。先生方がうまくいきましたと言っている声が聞こえてありがとうございましたと言ったと思うのですが、よく覚えていません。8時半に始めて帰ってきたのが12時半だったらしく4時間ほどの手術だったようです。

実はこのあとが結構地獄でして出血の恐れがあるので寝返りも打てない状態が夜まで続きました。腰が痛くて痛くて点滴で痛み止めを入れてもらったりしてました。夜になると自分では動かしてはいけないけど看護婦さんに動かしてもらい寝返りを打つことができましたが、そのたびに呼ぶのはちょっと心苦しかったです。
寝てて思ったのはもしかしてトゥルースリーパーを敷いとけばもうすこし楽なのではと思いました。ちょっとここのベッド堅いような気がしますので。

次の日の朝には動けると思ったら、少し内出血しているようなのでもう暫く安静にといわれ、昼ぐらいまでじっとしていました。鼠径部からの出血を防ぐためにかなりガチガチに腰のまわりにテープが貼ってあり昼ぐらいにそれを取ったのですが、どうやら私は皮膚が弱いらしくかぶれて水ぶくれになっている部分があったり、テープと一緒に薄皮がはがれてしまったような感じになってしまった部分があり鼠径部の傷よりそっちの方が痛くて困りました。尿道のカテーテルもこの時やっと取れました。取る時尿が少しでてしまったようでした。取るのもちょっと嫌な気分でしたが入れる時ほどではありません。

この後トイレにも自分で行けるようになり食事も摂れるようになったのですが、少し心臓が締め付けられるような感じがありました。まあ心臓焼いているのですから違和感あって当然ですけど。あとトイレで大便するときとか力むとちょっとドキドキしました。一回ほど安静にしていて心臓が連続でドドドドドとなったときもありました。ただ脈が飛ぶのは殆どなくなりました。入院中はあまり歩くと苦しくなるので外来棟で検査する時などは車椅子で押してもらいました。
そうそう、手術の前と後で24時間の血圧測定もやってました。ホルター心電図の血圧計版ですね。昼間は30分に一度、そして夜は1時間に一度腕が絞まってきて血圧を測ります。これも付けてホルターも付けて点滴もつけていると本当に鬱陶しいです。

点滴はずーっとやっていると身体冷えてくるような気がするのは私だけでしょうか?もし今度があるのなら電気アンカみたいなのもっていきたいです。腕が冷えてきて最後の日にはちょっと痺れてきたようなきがしましたから。

6泊7日の入院で3日目に手術という日程でした。限度額適用認定の申請をしていなかったので、58万8千円ほどになりました。
退院する日にはそこそこ歩けるようになっていました。ただ荷物などは1階にあるローソンからゆうパックでおくりタクシーで駅まで行き帰りました。

今現在、退院してから13日ほどですが、心臓の締め付け感はありません。また不整脈も一度も出ていないようです。少し痛いような気もする時もありますが、退院してから痛いと思ったのは2度ほどです。脈が80前後で結構速いのですが、これは治るための良い兆候だそうで、問題ないそうです。脈が速いので少々疲れやすい気がします。
また鼠径部にしこりがあるのですが、これも徐々に小さくなっていくようです。あと内出血をして紫色になっている太ももの内側とかが、筋肉痛のような感じがあるのですが、それも段々なくなるそうです。

一週間ぐらい経ったころから朝のウォーキングをしています。
筋肉が落ちてしまったようなので鍛えたいのですが、もう暫く様子を見てからにします。お風呂は一週間ほどはシャワーでした。カテーテルの部分よりテープを剥がした時にできた傷の方がなかなか治らずにお風呂に入れませんでした。もし今度があるなら太ももの毛とかもしっかり剃っていこうかと思います。傷口に防水のテープを貼ったり剥がしたりするのが痛くてたいへんでしたから。


私がネットで調べた時は関東では他に群馬心血、横須賀共済、土浦協同などがありましたが、一番近い慈恵にしました。
東京慈恵医大病院にして良かったと思います。

東京慈恵会医科大学病院の先生、看護婦の皆さん、ありがとうございました。


カテーテルアブレーションその後







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